独立物語【15年働いた会社を退職するって大変】

独立物語
さとし
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私、さとし。
着物販売の会社に勤めています。
この道15年、業界ではベテランと呼ばれる域に達してきました。
毎日、お客様とともに着物の輪を広げています。

私、さとしは2020年夏に独立を決めました。

その経緯はコチラです。

独立を決意しました!【37歳サラリーマンの挑戦】

 

さとし
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こうなってくると当然ですが、勤めている会社を辞めなければなりません。

 

今の会社は約15年、お世話になった会社です。

僕の20代の青春時代を彩った会社でもありますし、家族をもってからは家族を養っていくためにも必要な会社でした。

たくさんの思い出がありますし、本当にお世話になった会社なんですよね。

 

今回の独立は『やってみたいことができた』という、自分自身のわがままです。

つまり『自己都合』です。

 

独立というのは、不安を抱えながらのスタートでもあります。

それでも自分を試したみたいという思いがあるんです。

当たり前ですが、『家族の了解』も得ながら進めてるんですよね。

 

さとし
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だからその一歩目として『会社を辞めないといけない』わけなんですが、これが案外難しかったという物語です。

 

ある人はこう言います。

『労働者は職業選択の自由が憲法にて保証されている。なので退職は、退職届を突きつけて辞めたらいいんだ。』

たしかにそうなんですよね。

 

ただ、15年も勤めた会社に対して、そこまではドライにできない自分がいたのも事実です。

さとし
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でも結果的には、『そうしておけばよかった』というのが今回の物語の答えなんですよね。

 

今回学んだことは以下の2点です。

①意思を明確に通すためには、『誰に言うか』が重要。
②情を入れずに『フォーマルに対応』することで、時間が短縮される。

 

このように学んだ経緯を記録に残しておきたいと思います。

2020年1月8日(水)

会議後の電車の中で営業部長に、『辞めようと思っている』という話をしました。

この時は、僕も『相談』という形で話をしたのが事実です。

 

営業部長の答えとしては、『慰留』です。

「頑張ってみてほしい」「もうちょっと考えてみてほしい」という言葉でした。

 

僕としては、この時すでに退職の意向は固めていたんですが、そういう風に言われて押しきれない自分がいたのも事実です。

 

でもその後も、退職の思いは募っていますし、具体的な独立後の話も出てくるんですよね。

2020年1月24日(金)

この時はお店の休憩室で話しました。

明確に『辞める』という意思を表示しました。

 

そして、次の仕事の展望や話が進んでいるということも話しました。

 

答えは『ダメ』ということでした。

 

『ダメ』とはなんだろうと思いましたし、そう言いましたが、『ダメなものはダメ』ということなんですよね。

 

「40歳までは、頑張れ」とかも言われましたが、僕にとって40歳というのは3年後です。

そういうのを『辞める』とは言わないですよね。

 

僕の妥協点としては、『7月まで』という期日を明示しました。

 

僕は店長という役職でもあります。

引継ぎということを考えても、半年というのは十分な期間であるとの判断です。

 

それでも話は平行線です。

最終には「考えさせてくれ」と言われてその時は終わりました。

2020年2月27日(木)

「考えさせてくれ」と言われて一か月が経ちました。

その間、この件には一切ふれてきませんでした。

 

店長と営業部長という関係ですから、話すことは毎日のようにあります。

ただ退職の話題にはならないんですね。

 

そんなこの日に、店舗に来た営業部長に話を切り出されました。

営業部長の話を要約すると以下の4点です

①次の3月(2021年3月)まではやって欲しい。
②会社には6月(2020年6月)に退職を報告する。
③そこから会社から提案がある『だろう』から話を聞いてほしい。
④会社には退職の意向は伝えていない。

という事でした。

 

こっちの意向がまったく汲み取られていないことに驚愕しましたし、『会社からの提案』ということは、『辞めない』ことが前提なのだと感じました。

 

再度、『辞める』意向を伝えたところ『もう一度、考えて欲しい』と言われました。

これもよくわからない話ですが、『家族とも話し合って欲しい』とも言われ、話し合いは終わりました。

 

その日に、奥さんには話しました。

というより、『独立・退職』をこれまで、家族に話していないわけがないんですよね。

話し合いの中で答えをだして、僕も決意しているんですよね。

 

奥さんの答えが変わるはずもないんですよね。

2020年3月3日(火)

この日は会議の日でした。

その昼休み、営業部長に家族との話し合いの結果を伝えました。

 

会議中はそれ以上の話はなかったですが、帰りの電車で二人になったので、その話になりました。

 

営業部長の答えはこうでした。

 

『お前の奥さんは性格的に、お前のいうことは必ず聞く人だから、奥さんが退職に賛成でも関係ない』

 

これはダメだと思いました。

僕の奥さんの何を知ってるんだという感じです。

結局、退職を受け付ける気がないのでしょう。

僕のこともバカにしていると感じました。

 

この時に、僕の中ではある一線を越えたんだと思います。

決意しました。

もう『話し合い』はしないと…

2020年3月5日(木)

この日は、月のイベント(催事)の前日です。

明日からにも備えないといけないので、この日は最後LINEで送りました。

 

内容と返答は以下の通りです。

やはり、受け入れてはくれませんでした。

ということでLINEの文面通り、違う型で僕は動くことにします。

2020年3月10日(火)

この日、僕は『退職願』を会社の本部に送りました。

 

営業部長との話し合いが平行線をたどる以上、この話は上に通さないと進まないと思ったからです。

本部へは『書留』という形で郵送しました。

 

明日には着くということでした。

2020年3月11日(水)

この日、本部からはなんの連絡もありませんでした。

書留は確実に本部に着いています。

書留は郵便の追跡ができるので、本部で受け取っていることが確認できます。

 

ただ、連絡はないんです。

 

逆に何か怖くなりました。

自分は間違ったことをしたのかとも思いました。

 

どういう形であれ、何か反応があると思ったからです。

会社を辞めるってむずかしいことなんだなぁ。

2020年3月18日(水)

一週間たっても、本部からはなんの連絡もありませんでした。

 

途中、営業部長と電話で話すことはありましたが、この件に関してはふれてはきません。

なのでこの日、僕は本部の人事部長に電話をすることにしました。

 

僕の『退職願』は受け取っているとのことでした。

 

人事部長の話をまとめると以下の通りです。

①『退職願』は受け取っている
②この件は事業本部長に委ねている
③事業本部長からの連絡がないので『保留』になっている
④事業本部長には再度、話をしてみる

まずは話が通っていること確認できて、ほっとしました。

『進捗具合が遅くないか』という思いはありますが…

 

ただ人事部長は誠実に接してくれたので、よかったという思いもあります。

2020年3月19日

突然、何の前触れもなく事業本部長が店に現れました。

これまで数回しか店に来たことがない人が、店に来た目的は一つです。

 

「いずれ来る予定にしていた」と言っていましたが、おそらく昨日のことで連絡があり、早速動いたんだと思います。

 

結局話し合いになり、別室で退職の話をしました。

 

何度も言いますが、僕は『やりたいことが見つかって会社を退職したい』という事なんです。

その意思を明確に伝えることで、事業本部長もしぶしぶではありますが納得してくれました。

というより、納得せざるを得なかったのだと思います。

 

具体的な日程もようやくここで決まったので、なんとか次の道筋がつくれたということになります。

まとめ

退職の意向を切り出して、約2か月かかりました。

さとし
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途中まったく話が進まなくて、やきもきしましたが、なんとかここまでこぎつけることができたんですね。

 

とにかく7月までは、全力で仕事はしていこうと思っています。

 

でも、僕にとっては、本当はここからなんですよね。

色々ありましたが、15年間お世話になった会社です。

そのことに感謝して、自分の道も進み続けたいと思っています。

 

では、よき『きもの』ライフを(^^)y